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東福寺(流山の民話)

引仁5年(814年)創建の真言宗豊山派の寺院で、総本山は奈良の長谷寺。弘法大師縁の寺院です。東福寺の由来は、天暦5年(951年)秀岳の記す「守竜山東福寺縁起」によります。 平安の昔、弘仁5年(814年)の2月、弘法大師が東方の国へ立ち寄った時山には五色に輝く美しい池があり、竜王が住む所とされていました。 大師が山上に立つと、竜王が老翁の姿になって現れ、
「この山は東方の福田であり、薬師如来が常住すべき土地であるから、瑠璃光仏を彫って寺を建てて欲しい。」と懇願しました。大師はさっそく仏像を造ろうとしたが、材料となる御衣木がなく困っていると突然竜が現れ、霊仏を大師に捧げました。大師はこれを補修して薬師如来を彫み本尊にしました。 その時、背鰭(せびれ)の先を少しばかり残していったので、この地を「鰭ヶ崎」と呼ぶようになったと言われています。 また、天慶の乱に際して藤原秀郷が祈願、平将門を征伐できたことから、朝廷より金石を受領したといいます。江戸期には江戸幕府より寺領30石の御朱印状を受領、当地周辺に数多くの末寺を擁していました。下総三十三ヶ所観音霊場2番、江戸川八十八ヶ所霊場1・21・29・44・51・88・89番の札所にもなっています。 境内の千仏堂には約千体の仏像が安置されています。中尊は高さ約90センチメートルの阿弥陀如来立像で、左右には小さな阿弥陀如来像が安置されています。中尊は死んだ人を迎える来迎印を結んだ阿弥陀如来立像で、口を少しあけた「歯吹きの弥陀」で、江戸時代に作られたものです。千体もの阿弥陀像が安置されるのは希少とされています。さらに、近年中尊の台座から多数の結縁交名札(東福寺に結縁した多くの人々の名前が書かれた木札)が発見され、当時の信仰を知る貴重な資料となっています。 東福寺にはほかにも、庚申信仰とも結びついた二十一仏板碑(西暦1577年)や、高さ2メートル70センチメートルもある大きな金剛力士立像2体(江戸時代)、太平記を題材に描いた俵藤太百足退治の大絵馬(西暦1863年)などの指定文化財があります。山号・院号 守龍山・証明院、本 尊 薬師瑠璃光如来創 建 弘仁5年(814)、弘法大師開山御朱印 江戸時代に寺領30石拝領仁王門 伝運慶作金剛力蔵 高さ2.2m中 門 伝左甚五郎作「目つぶしの鴨」の彫刻市指定文化財 二十一仏板碑(天正5年/1577)、「俵藤太百足退治の図」絵巻、金剛力士像、紙本淡彩大日如来像、絹本著色道興大師像石造物 百庚申、延命地蔵(寛文元年/1661)ほか坂川治水記の碑 高さ2.4m(慶応2年/1866 建立)

住所 流山市鰭ケ崎1033
電話番号 04-7158-0021
交通アクセス JR武蔵野線・つくばエクスプレス線「南流山駅」から徒歩10分
流鉄流山線「鰭ヶ崎駅」から徒歩4分